メイドさんを熱く語ろう!


その4
特別価格1000円三連発
二大メイド映画オフ顛末

 去る12月1日、この日は渡辺氏によると『デスクトップのメイドさん』の声優・中川亜紀子さんの誕生日だそうですが、それはともかく、『旦那様と呼んでくれ』主宰・酒井シズエさんとオフ会と銘打ったメイドさんが出てくる(らしい)映画・『8人の女たち』『ゴスフォード・パーク』鑑賞会が挙行されました。
 結果を先に言えば、オフ会のはずなのに主催者以外の参加者ゼロという結果に終わりました。筆者は出不精なもので、いわゆるオフ会らしいオフ会というのに行ったことがなく、よく分からないのですが、考えてみるにオフ会というのはオンライン上でしか知らない人々がじかに会って親睦を深めることに意味があるわけで、だったらお茶会とか飲み会とか会話しやすいシチュエーションが望ましいのでしょうが、映画というのはその点不適切だったのかもしれません。

 というわけで、酒井さんと筆者の二人だけ、集合場所のハチ公前を離れ、アンナミラーズ渋谷店跡地を横目に坂を登ると、『8人の女たち』を上映しているシネマライズです。券を買おうとすると、窓口に掲示が。
「本日『映画の日』につき1000円均一」
 通常1800円学割1500円のところが1000円。実に幸運です。幸先や良し。
 機嫌良く館内に入ります。ここの映画館の従業員の制服はなんだか人民服を思わせる変わったデザイン。時節柄多少不気味です。
 「映画の日」効果のせいか、ほぼ満員の入りでした。やはりフランス映画だからか、若い女性が多いようですが、客層はそこそこ広く男二人連れが浮くという懸念は杞憂でした。筆者の右隣に座っていた女性は映画好きなのか、上映前のひととき、いろいろな映画のチラシを広げています。一枚のチラシを手に、同行の人と何やらお喋り。
「この映画って、アメリカでも結構有名なキャストが出てるみたいだよ」 「ん〜、よくわかんないなあ」  なんの映画の話をしてるのかと思いきや、彼女の手にあったチラシは『ゴスフォード・パーク』のそれでした。偶然の一致に思わず笑いそうになるのをこらえます。
 さて、『刑務所の中』なんぞの宣伝がひとしきり流れて、映画『8人の女たち』いよいよ上映。

〜〜〜2時間余経過〜〜〜

「なんか、想像してたより百倍面白かったですワ」
 酒井さんが上映後開口一番に漏らしたことばです。
 いやほんと、芸のない言い方ですが、面白い映画でした。何しろ最初から人様と違うバイアスかかりまくりのまなざしで見ていたわけですが、そんな阿呆な観客の下心なぞ笑い飛ばす見事な出来栄え。
 簡単にあらすじを述べますと、舞台は1950年代頃、雪に閉ざされた一軒家で一家の主が殺害される。そこに居合わせたのは、その妻と妻の母、妻の妹、娘二人に主人の妹、そして家政婦、メイドさんの8人の女。状況から犯人はこの中にいるとしか考えられない……というお話。クリスティを思わせるミステリー劇です。監督自身そういうのが作りたかったんだそうな。クリスティ作品にはメイドさんの登場する作品が多々ありますが、この映画の雰囲気は(メイドさんは登場しないが)『ねずみとり』に近いですね。

 この映画は多分に演劇を意識して作られているように思われます(そっちには全く疎いので当て推量ですが)。衣装を始め8人の女のキャラクターを思い切りメリハリを利かせて演出しています。登場人物はみな秘密を抱えており(ネタバレになるので書くのは控えますが)、ストーリーが進展してゆく過程で一人また一人と、秘密を告白します。そして、各キャラクターの最大の「見せ場」も一人一回づつ用意されています。それが歌のシーンです。歌っているのは昔のヒット曲だそうですが、そのキャラクターのモノローグとも取れる詞の歌をうたい、(人によっては)踊るのです。
 本題の(?)メイドさんの話を忘れていました(家政婦は衣装的に見るものがない ので省略)。この映画に登場するメイドさんの衣装は、我々が想像する「メイドカチューシャ」(正しくは「ホワイトブリム」というそうですが)を頭につけ、黒いドレスを着、腰から下の小型のエプロンを装着しています。特徴はスカートの裾に白いラインが入っていることと、襟回りが白い別の布になっているところでしょう。ヒールの高いブーツをはいているのもポイント(『小間使の日記』という映画にちなんでいるそうです)。この衣装でダンスするんですからそれはもうあなた。また、最初は襟のボタンを全部きちんと留めていたメイドさんが、秘密を告白して開き直るとボタンを外したラフな着こなしになり、最後は襟とエプロンをむしり取ってしまうという演出も見事です。
 ついでに他の登場人物の衣装の話をすれば、長女はスカートの下に古典的にもペチコートを装備していて(「優等生」キャラだから?)、ダンスのシーンでそれが翻るのは見所です。

 この映画、女優たちが粒揃いでキャストの面だけでも豪華で見ごたえがある、と映画評の類には書いてありました。見た覚えのあるフランス映画が、ビデオで見た『ダンケルク』(正確には仏伊合作らしい)くらいしかない筆者にはよく分かりません。ただ、この映画は登場人物のキャラクターを思い切りメリハリを付けることで、女優の個性を分かりやすく観客に見せようとしている、そんな気はします。ですから見ていてキャラクターが分かりやすく、まるでギャルゲーみたいな(笑)。いや、8人の女の相当部分が、実は殺された一家の主に何らかの思いを寄せている、あるいは微妙な関係にあるということが次第に明らかになってくるのですが、そう都合よく何人もの女性と関係するのって、美少女ゲームの主人公みたいですね(笑)。もちろん、オゾン監督がギャルゲーしてるわけじゃなくて、キャラクターを立てる演出したら似たような結果になっただけでしょうが。ああ、これはオゾン監督の『女優ゲーム』みたいなものか。たとえば三角眼鏡をかけた「キツキツな感じ」のオールドミスである妻の妹が、突如眼鏡をはずし衣装を変えて見事な美女に変身するシーンがあります。これって、めがねっこの一つのパターンであることは、斯界の権威はいぼく氏は激怒されるでしょうが、事実ではないでしょうか。
 さらに、各キャラごとに歌と告白という山場を置き、映画全体の時間バランスも考慮しつつ巧みに配置している見事な構成もそう感じさせる一因でした。つまり、歌のシーンはギャルゲーで言うところのエッチシーンみたいな……

 以上の如き、まっとうな映画ファンの方が聞いたら呆れ返るような感想戦を繰り広げたのは、計ったようにシネマライズと渋谷駅の中間に存在していた、ウエイトレスの制服がメイドチックなことで夙に名高い喫茶店『EARL』でした。映画の感動さめやらぬ酒井氏、「『8人の女たち』のメイド服はこの店内でウエイトレスしてても違和感ないです」と大いに賞賛されていました。(←どっちを賞賛してるんだか分かり難い文ですね)  ちなみにこの時、『EARL』では本来1200円のシューと紅茶のセットか期間限定1000円サービス中だったので、筆者はこれを賞味しました。「今日は得したなあ」と思いながら。

 渋谷駅に移動し、ついでに東急のデパ地下のジーゲスクランツの制服も見て、山手線で恵比寿に。ここからの参加者がいないか、念のため20分ばかり待ってみましたが、最初に書いた通り誰も来ず。しかし実はそれは不幸中の幸いでもありました。その不幸と言うのは。
「4時からの上映は満席です」
 恵比寿ガーデンシネマにの看板に無情な掲示。しばし立ち尽くす酒井氏と筆者。「映画の日」というのを甘く見ていました。この上映時間なら終わってから夕食にちょうどいい頃合いなので、混むのは考えれば当たり前でした。さて、次の(最終)上映時間に突き進むか、撤退するか。
 ここまで来たからには、というわけで最終上映を見ることに衆議一決。何しろ次の1000円均一「映画の日」は、来年の2月までないし……

 時間潰しの方法が異なるので、しばし別行動をとることになります。というのも、本日12月1日はりんかい線大崎〜天王州アイル開業という記念日でもあり、鉄道趣味者の筆者としては初乗りをついでにと考えたためです。ガーデンプレイスの同じ敷地内の東京都写真美術館では蒸気機関車の写真展もやっているし、そっち系の人間にはいろいろ見るところが多いのですが、酒井さんにつき合わせるのはあんまりです。
 りんかい線の話は本題と関係ないので省略します。ただ、この冬のコミケからは、このルートがビッグサイトへのメインアクセスとなるでしょうから、全く関係がないわけでもないでしょう。今までりんかい線のコミケ利用にはパスネットが効果的でしたが、これはJRでは使えないため、コミケの帰りにパスネットで入場して渋谷や新宿や池袋で精算できないトラブルが多発することが予想されます。スイカを使うのも一案ですが、たまにしか利用しない人にはかえって使いにくいので、帰りは大井町で降りるのが穴場でしょう。
 ちなみに大井町の駅前には阪急百貨店があって、神戸屋が入っています。

 閑話休題、7時半から最終上映の『ゴスフォード・パーク』です。この回は満員ではありませんでしたが、相当人は入っていました。この映画のアルトマンという監督は有名らしく、さっきの『8人の女たち』のメイド役エマニュエル・ベアールに女優になるよう勧めたのもこの人らしいのですが、筆者は映画には疎いのでどういう芸風だかは存じません。昔ビデオでよく見た『コンバット』の監督してたらしいですが。
 整理番号の順に入場して席を確保し、上映までのひととき、昨日『リトル・プリンセス』(『小公女』の映画。むろんメイド服登場)のビデオを見ていたという酒井さんに、同人誌『映像に見るメイドさん』(水星少女歌劇団の日向梓さん作。この方の絵はとてもこころなごむ優しい絵柄で、同時に資料性も高い素晴らしい作品を出されています。個人的にファン)をお目にかけたり、……やっぱこういう映画館で同人誌広げるのってめちゃくちゃイタイですよね。右隣の女性の視線が冷たいように感じられたのは、果して気の回しすぎだったのでしょうか?
 とかくするうち上映開始。

〜〜〜ふたたび2時間余経過〜〜〜

 もう時間も遅いので、このあとの感想会はお流れとなりましたが、それでも駅への道すがら感想を述べ合うのでした。
「メイドさんいっぱい出てましたけど、全体の人数多すぎでしたね」
 酒井さんの指摘。もっともです。我々の如くメイドさんに目を奪われていなくても、把握に苦労するほど大勢の登場人物が出てくるこの映画。それでいて筋に関わっている重要人物は意外と少なかったり。まあ、メイド趣味的には筋は割とどうでもいいのですが(笑)、様々な人物の動きを同時並行的に捉えるアンサンブル方式(アルトマン監督の得意な手法らしいです)は、書物という形式の方が見る側にはとっつきやすいような気がします。書物なら読者のランダムアクセスが自在ですから(てなことを考える人間は、そもそもアルトマン作品と相性が悪いんでしょうが)。メイドさんをじっくり追っかけたい向きは、DVDが出るのを待った方がいいのではないでしょうか。

 お話はまさにクリスティーな世界そのもの。1932年11月の英国、マッコードル卿の邸「ゴスフォード・パーク」に集う貴族たち、そしてそれに従う使用人たち。そこに起る殺人事件、しかし謎解きの色は『8人の女たち』以上に薄いといっていいでしょう(容疑者候補を頭の中で数えることは困難だし、そのわりに犯人はすぐ示唆されるし)。

 映画自体の内容についてはネットで検索すればいろいろ出てくるでしょうから、メイドさん関連に絞って思ったことなどつらつらと述べてみます。

 まず人数の多さ。見事のひとこと。そして考証もかなり丹念に行われているようです。仕事の内容や時間帯で異なるメイドさんの各種衣装、かなりのパターンを見ることができます(やはりこういうところはビデオでチェックしたいですね)。おまけに入浴シーン(脱衣シーン)まである親切設計。メイド服の下に何を着ているかも分かります。さらに屋敷の構造と使用人たちの配置具合、台所などの小道具が実にいい雰囲気を出しています。殺人事件にナイフが使われるのですが、その伏線として台所でメイドが数十本もあるナイフをずらり並べてメイドが「数が足りない」と言ってたり、一瞬ちらっと回転式ナイフクリーナー(『英国ヴィクトリア朝のキッチン』92頁参照)が出てきたり、これまたじっくり見直してみたいところです。
 メイドさんの衣装では、晩餐で給仕をするメイドさんが綺麗な手袋をしていたのが印象的でした。手袋をするというのは、上流の婦人の場合、自らが手を下して家事をする身分ではない、ということを示す記号的役割があります。ということは家事の実践要員であるメイドさんと手袋の取り合わせは悪そうな気もしますが、お客の前であるなどの事情ではメイドさんも手袋して仕事をすることがあったんですね。
 そして噂話に使用人がどう興じ、また彼らの秩序と雇い主の地位との関係など、いろいろ勉強になるところが多い作品です。勉強するために映画見るというのは何か妙な物言いのような気もしますが。

 個人的に目についたのが、登場人物が煙草を吸うシーンの多いこと多いこと。貴族の男性陣は晩餐のあと悠々と葉巻を吹かします。殺人事件発生後やってくる警部は片時もパイプを離しません。そして貴族の女性と使用人(男女問わず)が吸うシガレットの本数たるや何本なのか。嫌煙団体が見たら卒倒しそうな映画です。
 しかし多忙なメイドさんが、ちょっと空いた時間にひとときの安らぎとして煙草を吸う、そういうシーンはなかなかいい雰囲気です。殺人事件発生でドタバタするお邸を取り仕切る女中頭(料理長だったかもしれない)は、ストレス対策か煙草を吸いすぎて(もちろん理由はあるのですが)最後は声がガラガラになってしまいます。それを配下のキッチンメイドに指摘されると、それじゃこれはあなたが吸っといて、と吸いさしを手渡します。なかなか印象深いシーンです。バスタブに浸かってるときまで吸ってるメイドさんもいるし。
 W・シヴェルブシュ『楽園・味覚・理性』(法政大学出版局)という本によれば、煙草は最初パイプで吸われていたのが、19世紀はじめに葉巻が登場し、この世紀の後半にはシガレットが普及します。パイプ→葉巻→シガレットと一服に要する時間が短くなっていく、そのスピードアップが社会の変化と軌を一にしているそうです。つまり、せわしなく働き時間を盗んでシガレットを吹うメイドさんと、晩餐後悠々と葉巻を吹かす貴族とは、階層差を表すと同時に、貴族層がいわば時代遅れな時間を生きていることを象徴するとも取れましょう(ひとりパイプを吹かす警部は見当外れの頓珍漢野郎ということになりますね)。
 え? 貴族の女性はシガレットじゃないかって? これはですね、煙草のスピードアップと同時にモバイル化、利用者の拡大が進み、女性には許されなかった喫煙がシガレットによって許されるようになり、また街角でも吸えるようになった(現在とは逆の流れ)のだそうです。まあこの辺はもうちょっとほじくってみたいのですが、時間もないし大体映画のビデオかDVDでもなければこれ以上は出来ないということでご勘弁を。

 時代設定もちょうど曲がり角でして、前年の1931年に大英帝国はイギリス連邦 Commonwealth に改組していることを踏まえれば、劇中人物の「大英帝国は終わった」みたいな発言も頷けます。そんな時代が変わりつつある中でも、古き時代に教育を受けた老女中頭が若い侍女に言う台詞、「完璧な召使に人生はないのよ」印象深いです。
 まして、大戦後の50年代である『8人の女たち』に出てくるメイドのルイーズの台詞「お仕事が終わったあとは何をしようと勝手です」と比べると。これは英仏の文化の相違なのかもしれませんが……。

 映画として断然面白い『8人の女たち』。
 メイド史の教材として価値大の『ゴスフォード・パーク』。
 しかしてどちらもクリスティを意識しているという共通点。共に見てこその面白さ。
 充実した一日でした。『EARL』でお茶してメイドさん見たし、1000円割引が三つもあったし、りんかい線は初乗りしたし、東京に進出した讃岐うどんも食ったし(最後二つは余計)。
 というわけで、オフ会としては失敗でしたが、メイド系サイトの企画としては充分成功だったと総括しておきます。

 帰宅して日経新聞を何気なく開くと、「描かれたエルダー」というコーナーで、本格派英国執事家政婦恋愛映画として名高い『日の名残り』が取り上げられていました。
 「帝国メイド倶楽部」の時もそうでしたが、日経新聞は筆者の行動を予知しているのでしょうか?

P.S.映画を見に行った次の週、テレビ東京で好評放映中『熱血電波倶楽部』の番組終了直後に『8人の女たち』のCMが流れました。「ギャルゲー説」も、あながち根拠がないわけではない……訳もないか。

(墨東公安委員会さんからの寄稿です)


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