ウェイトレスさんも熱く語ろう!


その3
PIA! エシャロットへようこそ
(注1)

 筆者は横浜市は青葉区に居住している。横浜といえば「港」のイメージが付き纏うものであるが、青葉区とは東京に通うサラリーマンの住む土地であり、そんなイメージからは程遠く、住民のおでかけ先といえば田園都市線が通じる二子玉川、渋谷と相場が決まっている。東急が開発したこの沿線は住宅地として人気が高く、従って地価も高く、結果として住民の収入も大きいようである。なんとなれば、住民税収入はこの地区が最も多く、横浜市の税収を支えているのである。しかし市当局は、港イメージの中心部開発に血道を上げ、青葉区の税収はこの地に還元されることなくみなとみらい21(ランドマークタワーがあるところね)へと消えていくのである。まさに青葉区は大英帝国におけるインドのごとき搾取を受けているといえよう。
 とまあ、青葉区と横浜の旧来の中心部たる関内とか桜木町とかは縁が薄いのだが、1月25日のこと、筆者宅の新聞折り込み広告には、関内に26日オープンの横濱カレーミュージアムのB3サイズ広告が入っていたのである。如何にも新横浜のラーメン博物館の真似のような気はするが、このような施設が建設される、ということは以前から聞き及んでいた。「大正浪漫」云々という文字がその折目に留まったので、これはもしや? と期待しないが期待していた。いや、大正浪漫たって、ねえ。このご時世、何が出てくるか分かりませんや。
 などと広告を広げてみると、ご親切なことに各店舗の紹介欄に悉くウエイトレス画像が、それも全身像が掲載されている。何を紹介すべきかのツボを心得ているといえよう。見上げた精神である。で、制服の出来栄えは、つうと、どれどれ・・・
 かくして筆者は直ちに広告を掴んで自室に飛びこみ、インターネットで同志の糾合にとりかかったのである。

 という次第で2月7日の火曜日、小生は大学試験期間真っ最中でレポート締切が犇めく日程を縫ってのカレーミュージアム調査に踏み切った。名目はレポート資料収集のための開港資料館探訪であるがあくまでも名目である。その前に今日締切のレポートを教官のところへ出しに行かねばならない。無論徹夜の突貫作業の賜物、徹夜のお蔭でテンションはそもそもいかれている。レポートの内容もいかれている。教官(女性)との会話もいかれている。ふとしたことから、女囚映画評論サイトを知っていることがお互い明らかになってしまった。筆者がここの「バカヨシキ所長室」内「トレンチコートマフィア日本支部」を見て卒論のテーマを発作的に決めたというのは極秘である。
 開港資料館は関内駅のそばにあるが、駅からの方向はカレーミュージアムと逆である。歩いて開港資料館に向かう途中、馬車道を通る。最近の無学な輩は馬車道を埼玉県のファミレスチェーンと思っているようだが、本家はそもそもここなのである。馬車が通った道。文明開化の象徴。馬車がいなくなっても、路面電車が走っていた電車道でもあった。ついでに言えばこの辺には、かつての貨物線を転用した遊歩道もあり、その名前が「汽車路」である。で、現在の馬車道通りにある有名な飲食店といえば、かの周富輝氏が経営する生香園である。以前筆者が開港資料館へ行った日曜日の帰りに前を通ったら、周富輝氏が腕組みをして身じろぎもせず店の前に立っていた。一瞬「くいだおれ人形」の新バージョンかと思ったくらいである。
 所用を済ませカレーミュージアムへ。もと百貨店の跡地に、パチンコをメインにしたPIA伊勢佐木町という娯楽施設が出来、そのビルの上2階をカレーミュージアムに充てている。客寄せということなのだろうか、そのお蔭で入場無料なのはありがたい。
 さて集合時間の17時半になっても、集まっていたのはヘリトンボ尊師のみ。今日の面子はご存知渡辺氏・特撮映画をこよなく愛する合唱団員にしてアニソンの大家岩谷氏・そしてヘリトンボ尊師である。岩谷氏は間もなく来たが、渡辺氏は大遅刻をやらかし、飲み物費を詫びとして負担することが宣告された。ヘリトンボ尊師はこの待ち時間の間ですらパチンコをやりたがっていた。何でも集合時間前に来てパチンコ屋部分を見て回っていたら、彼の気に入りの『仙人パラダイス』とかいう機種の当たりが出ている台が空いていたそうなのだ。ところが集合時間まで待っているうちに他の人にとられてしまい、筆者が携帯電話を持っていないせいだとか渡辺氏が遅刻したせいだとか八つ当たりしていた。それもこれも、金銭的に損をしたということではなく、当たりの時に出るスクール水着の絵が見られなかったことで怒っているらしい。スクール水着ってそんなにいいかねえ?

 いよいよカレーミュージアムに乗り込む。インドっぽい装束の案内嬢からパンフを貰い。エレベーターで7階へ。
 第一印象。それは「混んでる」。開店からはや一週間以上を経て、平日だし大して混んではいまいと高を括っていたが、いるわいるわ若いモンが。暇な大学生どもであろう。筆者は試験前の多忙な時期を縫ってだというのに(余計馬鹿である)。
 7件のカレー店がここには入っており、それ以外に売店コーナーとかいろいろ展示類もあり、昔の町並みや客船を模している。それはいいのだが通路が狭い上に人が多いので歩くのにも苦労する。カレー店はどこも行列。狭い通路を行列がうねってどこが終点かも定かではない。
「『ここが○○の最後尾』という看板を客に持たせるべきですね」
等という声が上がるのも無理はない。
 さてここで店と制服について簡単に触れておこう。もっとも混雑していたらしい「よこすか海軍カレー」は海軍ということでそのまんま海軍士官スタイル(下はスカートだが)。軍装ファンは喜ぶかもしれない。「海軍つったらセーラー服だろ! 何が悲しくて士官のスタイルじゃあ!」という向きには「トプカ」がある。ライトブルーのセーラー服であるが、下はズボンである。なかなかうまくいかない。この店は比較的空いていた。
 「大正浪漫」という言葉から安易に馬車道的女学生の装いを連想される向きには「ハヌマーン」がある。袴ではないようだが(エプロンが大きすぎてよく分からない)、上は矢絣の着物に襷がけ。矢絣一つのサイズは馬車道と比べると随分と大きく、特に幅がある。矢絣には様々なサイズがあったらしいからそれは構わないが、上下のパターンが妙である。矢絣の矢は↑↑↓↓の筈が、↑↓↑↓になっている。全く何が出てくるか分からないものである。和風という点では「メーヤウ」の制服も和装であった。ここはタイカレーで、筆者はタイカレーが一番好きなのだが、ここで食べるという案は、混んでいるということと、この店の本店が渡辺氏と岩谷氏の通う大学のそばにあり、二人は既に行ったことがあるという理由で却下された。ついでながら筆者は純粋な和風カレーと言うのはあまり好きではない。ここでは「パク森」という店が和風カレーを出している。制服はうまく表現しにくいが、コンパニオンみたいであまりこれも筆者の関心を引かなかった。店自体はそれなりに賑わっていたが。
 さて制服的本命のメイドさん二店である。「エチオピア」と「スパイスの秘境」。どちらもインドカレー。さすが旧大英帝国植民地的にメイドさんが登場している。よりメイドさんの定式的イメージに近いのは「スパイスの秘境」である。白いカフスと襟のついた黒いワンピース(だろう、多分)。白いフリル付きエプロン。頭上にカチューシャ。とまあポイントは高いのだが、惜しむらくはスカートが短い。膝のところまでしかないではないか。カチューシャも少々大きすぎて、ややあざとい感を否定しきることが難しい。昨今ゲームやアニメで広まった「メイドさん」のイメージに、そんなところまで忠実でなくてもいいのに。
 そして最後は「エチオピア」である。水色系(よく見ると細かい格子柄である)の服に白のエプロン。スカートはそこそこ長く、カチューシャの適度なサイズと相俟って、全体の落ち着いた印象はこちらが上と筆者は軍配を上げる。というわけで「メーヤウ」を却下された筆者は「エチオピア」入店を提案した。好都合なことにここは並ばなくても入れるくらいに空いていたし、テーブル席があるので4人で行くにも便利だ。が、ここで渡辺氏やヘリ尊師の意外な抵抗に直面してしまった。
「どうも写真が旨そうじゃないんですがねえ」
「インドカレーかあ。スパイス強いの苦手だし・・・」
 確かに、他の店の盛況に比べやけに空いているのはかえって不安にもなる。個人の好き嫌いも致し方ない。もっとも後者については、筆者はカレーミュージアムのインドカレーはそれほどきつくないと見る。全店食したわけではないが、エスニック度があまり高そうではないし、その高さ(本格度、より現地そのまま度)を売りにするつもりもないようだ。大体インドカレー各店とも、広告で見る限りナン(注2)を供していないのである。それほど現地そのまま志向ではないのだ。
 インドカレーはナンで食すとこれが旨い。筆者の家族が以前しばしば行った某「インド・パキスタン料理」のレストランは、ナンの香りが素晴らしく、実に食欲をそそった。ついでに言えばこの店のメニューは実に面白かった。一見なんて事はない、ラミネート加工したファミレスによくあるようなメニューであるが、表紙にインド亜大陸の地図が描いてあり、国ごとにトーンの違う茶系の色で塗り分けられていた。その塗り分けを何とはなしに眺めていると、なんと、カシミール地方(注3)がすべてパキスタンと同じ色に塗り分けられているではないか。この店はパキスタン系だったのだ。それなのに店に「インド・パキスタン」と書いてあった理由や如何に。日本人が「パキスタン」だけでは何のことか分からないがゆえの苦渋の選択であろうか。今や核戦争の危機すら孕むに至った印パ関係(注4)の意外な表象であった。
 閑話休題、それらの反対を「今日は『カレー鑑賞会』ですから」と筆者は説得して、いざ、我等は「エチオピア」へと乗り込んだのである。英国風ウエイトレスがインドカレーを出す横浜にある「エチオピア」。・・・深く考えるのはよそう。

 カレーミュージアムの店は食券制らしいのだが、「エチオピア」の機械は故障中なため、メイドさん、もといウエイトレスさんに注文を口頭で告げる。メニューには野菜カレーの写真が張ってあったのだが、これが問題の「あまり旨そうに見えない」写真であった。我々はそれ以外のチキンカレーやビーフカレーを頼んだ。しかしインドで牛を食うってまずいんではないかい?
 この店では、カレー辛さを大甘・甘口・中辛・辛口・大辛の五段階に指定できる。辛いものが得手でない渡辺氏が大甘口を注文したのは恕すとしても、かつて我々が高校三年生だった時の文化祭で食品班(注5)カレー班長だったヘリトンボ尊師が甘口とは、日和ったと断罪せずにはおられなかった。といいつつ筆者も辛口にとどめていたが・・・初めての店では一応警戒するにしくはない。岩谷氏は中辛であった。
 席につくとジャガイモがバタ付きで供される。店内は割とあっさりして凝った飾り付けはそれほどなく、ただミュージアム全体のテーマに合わせたのか船舶関係の図などが飾ってあった。程なくしてカレーがやってくる。渡辺氏が注文したハーフサイズと、他の3人が注文した普通サイズの差が案外少ないような気がした。味の方であるが、これはなかなかいけた。辛口といってもそれほど激しいものではない。以前神奈川県中部某所のタイカレー店で激辛を食べた時は、しばらく味覚が麻痺したこともあったのだが。「エチオピア」ならば大辛でも大丈夫であろう。スパイス苦手な渡辺氏でも抵抗はなかったというなど皆の受けもよく、味の点ではこの店は問題ないだろう。
 しかし本稿の主題は無論そこではない。我々によってこの店の最大のポイントと全会一致で議決されたキーワード、それは「眼鏡」である。
 この店にウエイトレスさんは割と人数がいたが、一名、断然我々の目を引いたのが眼鏡の女性であった。背が高くてポニーテイル(だったと思う)の彼女は他のウエイトレス方と存在感が異なっており(?)、「確信犯」という雰囲気すら感じ取れたのである。ちょうどテーブルの水差しが空になった時、岩谷氏が行き来のテンポを絶妙のタイミングで見切って水を頼み、水差しを持って来てもらっていた。MaIDERiA初登場にしてこの手だれた行動は、氏の器の大きさを物語るといえよう。

 とまあ、視覚も味覚も満たしたし、ようやくこの店も混雑し始めたので、店を退去することにした。ついでにカレーミュージアムの展示も見て回る。日本史専修としては、明治時代の料理記事が面白い。無料展示としてはそこそこの出来栄えであろう。昔の新聞を500円でコピーする機械があったが、500円は高い。5分歩いて開港資料館に行けば、100円で明治時代からの新聞がコピーし放題である(注6)
 帰りはエレベーターでなく階段で降りる。下は既述の通りゲームセンターとパチンコ屋になっており、早速ゲーム機に向かうものあり、ヘリトンボ尊師はパチンコのお気に入りの機種に挑戦していたが、1000円まきあげられただけのようであった。
 その後近辺をうろついて、雀荘で打つという案もあったが結局桜木町のジョナサンで一服。遅刻した渡辺氏の奢りである。ヘリトンボ尊師、人目も気にせずあずまんがを取り出しその魅力を熱く語る。こまけっとであずまんがとリーフの融合ネタをやるとの由。かつて高校時代、尊師が「アニメを見る」といえばドラえもんに決まっていたし、「ゲームをする」といえばぷよぷよかニコリのパズルを意味していたのが、大学生活を経てこのようになってしまったとは。筆者と岩谷氏は顔を見合わせて、某T工業大学の素晴らしくも恐るべき文化環境を思い、ただ溜め息をつくことしかできなかった。

 最近の新聞報道によれば、開業ひと月間のカレーミュージアムの客入りは予想を上回り、非常に好調だという。そのお蔭でとなりの松坂屋の売り上げまで上昇してしまったらしい。順調なスタートを切って町の活性化に繋がればたいへん結構なことである。これからの課題はリピーター確保のためのイベント、店舗の入れ替えやメニューの季節バリエーションなどが考えられるが(まあラーメン博物館と同じような施策だけど)、制服ネタでもなんぞイベントを打ってくれると嬉しいところである。
 読者の皆様も横浜方面に行かれた折はちょっと覗いてみてはいかがだろうか。覗いて制服を見るだけならタダである(こら)。なにより、カレーがテーマなので、男ばかりで行ってもそう気まずくないのは、いいことかもしれない。いや、やはり、そんな事を気にしているうちは一人前ではないのである(何が?)。

(墨東公安委員会さんからの寄稿です)

注1
PIA! エシャロットへ
ようこそ
エシャロットというのは、カレーにもスパイスの意味合いで使われる野菜である。念の為に断っておくが、筆者はこのタイトルによく似たゲームをやったことはない。
注2
ナン
インド亜大陸で食される、イーストを入れないで焼く平べったいパン。
注3
カシミール地方
インドとパキスタンの係争地域。英領インドがヒンズー教徒主体のインドとイスラム教とのパキスタンに分離独立する時、北部に位置するカシミール藩王国(藩王国とは、英領インド帝国のもとで、かつてのムガル帝国の領主が自治を許されていた地域。それ以外はインド総督が直轄支配)は、藩王がヒンズー教徒だったのでインドについたが、住民はイスラム教徒が多数だったため、帰属を巡って紛争が発生した。この独立時を含め計3度もの戦争が起きているが、停戦状態のまま、根本的な解決はなされていない。
注4
印パ関係
印パ両国の核実験は記憶に新しいところであるが、アメリカ国防総省の試算によれば、両国が核戦争を始めると即座に3600万人が死亡し、2週間で1億人が死ぬという。それ以上に恐ろしいことは、その核戦争を先進国の人間はテレビで眺めながら日常生活を続けるであろう、ということである。
注5
食品班
筆者らの出身中・高校の文化祭では、模擬店を出すのは高3のみである。食品班はカレー・焼きそば・お好み焼きなどを担当する。過当競争が防がれ品質の向上が図られるシステムといえ、各食品の責任者は職人的熱意を持って当たることが多く、ヘリトンボ尊師も例外ではなかった。大学に入って学園祭の体育会やテニスサークルなどの模擬店の運営ぶりを見るにつけ、何とレベルが低いのだろうと呆れ返ったものである。
注6
コピーし放題である
ただしコピーは1枚20円である。筆者は10円コピーのつもりで大量に資料をコピーし、危うく帰りの電車賃が無くなるところであった。


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