墨耽キ譚
〜森薫『エマ』『シャーリー』を巡る対談〜


第4回
『エマ』第4巻について

(承前)
耽:で、第4巻。この、ひたすら本が描きたいから描いてみましたっていう表紙ね。
墨:そうそう、ミューディーズ描いといて足りなかったんですかって感じ。というか、なんですかね、このメイドさんは、はたきを落としたんですかね、このカバー見返しの。
耽:うん、そうでしょう。で、下から「何やってんの」と・・・こういう芸は細かいね。
墨:そうですな、絵にあのそういうストーリーを突っ込むという辺りが・・・
耽:非常にヴィクトリア朝的(注1)というか・・・
墨:そう、ヴィクトリア朝的で・・・
  
墨:では中身に入りますか。
耽:この、コリン大活躍の(笑)
墨:あ、コリン大活躍の回ですね。
耽:ここもウィリアムが磨り減っていく、というのを、こうコリンに対する扱いとかを通して描いていくという。わざと視点をずらしたところから描くのが面白いよね。
墨:そうそう。
耽:でここはエレノアが大活躍という。
墨:でまあ背景にこんな薔薇背負ってなあ。ちょっと意味が違うけど(笑)。薔薇を背後に、こう背景に。
耽:うーん、そうだなあ。こう何があっても嬉しいっていうエレノアの・・・実はだから、この人が恋愛描写が出来ないのかって言うと、決してそんなこともないのだが・・・
墨:ふむ。
耽:エマとウィリアムに関してはそういうことを描く気はなくて、こうエレノアの無垢さというか、キャラを立てるのに使うというか。そういうことはこのキャラに負わせてしまっているという感じで・・・
墨:結局、ストーリーとして組み込んでいるわけではないんですよね、おそらく。
耽:そう・・・。さて、この辺の、
墨:うん、ウィリアムの磨り減り具合の描写ですが、
耽:まあ、「段々キツくなるな」とか入れるのは多少こう・・・
墨:17、18ページですね。ウィリアムのモノローグ・・・
耽:は、ちょっと読者サービス。前だったらこれを・・・
墨:描かなかったよね。
耽:うん、描かなかったよね、絵だけで済ましてたけど、やっぱりこの辺、行間を読み取る力がないという方々のために、やったと思うんだけど。
墨:うーん、ちょっと勿体無い気はしますね。
耽:そうね。まだ続くけど、まあこの辺は・・・
墨:20ページ以降は・・・。
耽:20ページは、これは無いと流石に分からないかな。うん、でも・・・。
墨:ちょっと過剰?
耽:うん、まあ、世間的には全然問題ないと思うけどね、まあ、我々のように淡白さを愛でる身からすると・・・
墨:うーん、でも24ページ以降は、でもこれもやっぱり通俗的な表現なんでしょうねえ。
耽:ちょっと過剰かなって気はする、でも十分ストイックな方だとは思うけどね、一般的に見れば。まあ、でも、泣かせる必要はあったかなあとは思わなくは無いけれども。・・・あとはこう久しぶりに、エマをとりあえず大ゴマで描きたかったのね、っていう。
墨:26ページね、まあ一応この漫画『エマ』ですからね。
耽:あとは27ページの悲壮なコリンの決意とか。結構いいですね。でさあ、28ページのこの一連の、頭なでたり目線で描いたりだけでっていう、これがこの人のノリだからねえ。
墨:うん。
耽:まあ、でもやっぱストーリーの一番肝心な所は、さっきみたいにモノローグとかつけたりして、誘導してかないといけなくなって来ちゃったんだろうなあ。
  
墨:でまあSequelですが。
墨・耽:これは良い(笑)。
墨:まさにねえ、これをうまく1コマ漫画にしたら、同時代の「パンチ」に載っけてもおかしくないかもと思うんだよね。(注2)
耽:うん、こう、事務的にこなしてるっぽいけれども、かといっていなしている訳でもなく、非常にねえ、ウィリアムの長兄らしさが出ていていいんだよね。あとこの、ウィリアムのコメントの、絵柄を当てなかったときの反応によるキャラの描き分け。こういうさりげないエピソードからさ、キャラの特性を引っ張ってくるのは・・・うまいんだよなあ。
墨:うん。
耽:こういうのを、この、最近のゲームとかには見習っていただきたい。こう、自ずからこう滲み出てくるものが良い・・・そこを「誰それのことが好きだ」なんて書いたら、何も想像の余地が無いじゃないか。
墨:それはまあ、全般、世の中全般に言えることでして。
耽:そうなんですけどね。特にオタク向けに限ったことではないというか。
墨:うん。
耽:だから描写を尽すことが真に、描きたいものを描き出すことでは全く無いんだよ。彫刻だってそうでしょ、荒々しい鑿の跡が残っているからこそ、却って質感が出たりとかそういうことがあるわけで。写実をしようとすると、すればするほど逆に見た人の偏見みたいなものが入ってくる、好みとかもあるし。こうその、却って、それこそさっき出てきたヘンリー・ジェイムズの言葉(注3)じゃないけれども、細部に行き過ぎて全体を捉えられなくなったりとか、というのもあるはずなんだけれども。
墨:まあこの作品は、どちらかというと細部に行き過ぎる話な訳で。
耽:まあそうなんだよね。このページのところはうまいし。あと最後の2コマもね(笑)「鳥だよな」ってこう・・・
墨:このコリンの顔が可愛いですよね、すっごく。
耽:うん、いいね。
  
墨:で、オペラなんですが。
耽:うーん(笑)
墨:オペラなんですよ。
耽:ねえ。この、これも偶然ですよ。ウィリアムの妹が調子悪くてこう。本人も描いてるけど(34ページ最後のコマ)。・・・でもそれよりは、この35ページの、これですよ、ここは。
墨:そうですねえ、エレノアのこれですよねえ。
耽:上手いよねえ・・・
墨:こうなると結局読者はむしろエレノアの方がねえ・・・。
耽:うん。
墨:この36ページの1コマ目のこれはかなり楽しんで描いてるね、っていう気が(笑)。
耽:(笑)確かにこのバックにこう、
墨:うん、バックのベタさとかがもう(笑)・・・いいですねえ。これは本当に。
耽:で「セヴィリアの理髪師」、この辺は・・・やっぱいいんだよ、この、このオペラへの実も蓋も無い台詞、「オペラの主人公ってみんな死んでしまいますでしょう?」(笑)
墨:この子供っぽさがですね、いいですね。
耽:「誰も死なないで皆幸せなほうがいいと思うんですけど」とか、こういう、こういうところでキャラを出すのはやっぱうまい。・・・42ページとかも。
墨:オペラを拾っていくわけですよね、オペラの歌詞をして語らせしむると言うか。
耽:そうそうそう・・・で。
墨:で。
耽:46、7ページ・・・いやあ、私はこう、こことかもう、鳥肌が立つくらいに悶絶してしまうんですけど、やっぱおかしいんですかねえ。
墨:(笑)ちょ、ちょっとねえ。
耽:いやあ、こう、いいじゃないですか、好きな男の背中を見てね、こう・・・
墨:僕は47ページはむしろ、手袋をしている手の描写がですね・・・
耽:ああ、そっちで見るのか。
墨:というか今までの文脈からいくと僕はそういう風に見たんですが。
耽:いや、だって、今までこう、抑えていた恋情がさ、さりげない、背中を見せられたことによって一気にこう燃え上がって、識らずしがみついてしまうというさあ、この感情の昂りが・・・。
墨:でもそこで・・・
耽:耳元で「好きです」って言うのに、台詞をわざと描かないという。
墨:50ページね。・・・言ったか言ってないのか本人にすら分からないというような世界ですね。
耽:そうそう。
墨:この「いつから?」っていうところでウィリアムのボケ振りというか、両者の齟齬が出てるのが面白い。
耽:それをいったらこう49ページとか50ページのこのお間抜け顔が(笑)もう、うひょーっと(笑)
墨:(笑)うひょーっ、ですか。アヒャ、ですか。
耽:アヒャ、ですか、いやいやいや(笑)。・・・そう読むと笑っちゃうけど、でも・・・
墨:そう読むとちょっと・・・
耽:やっぱここは・・・うまいよね。僕が、やおいとか読んでてさあ、恋愛描写が素晴らしいっていうのは大体こういうノリなんだよね。描写を尽して描くのではなくて、逆にエピソードをして語らしめるからこそその・・・いわゆるさ、情動、というか言葉に本来なっているかどうかもあやふやなものが、逆に僕には凄くリアルに読み取れる感じがして、これはむしろここの方がよっぽどこう、名作だと思うんだけど・・・。
墨:うん? よっぽど名作ってどういうこと?
耽:いや、この4巻はさ、最後の29話のことを帯で「名編」とか言ってるけどさあ、
墨:ああ、帯でね。
耽:でも、こっちの方がどう見ても遥かに名編でしょう。
墨:うーむ。
耽:ここは凄いよ本当。
墨:確かにそうだねえ。
耽:で、ほら、きっちり49ページの最後のコマは、人が見えなくなったこうさあボックス席を描いて、・・・こういう間の取り方はねえ・・・。
墨:なかなかねえ。
耽:ここだってそうでしょう、こう、屈んだままで。
墨:51ページですね。
耽:そう、目をつぶって、しかも目をつぶっても正面が向けない・・・
墨:うん。
耽:で、こう下を向いて(いつから好きか)「忘れてしまいました」と・・・うおーーっっ、許してーっ、ていう感じ(笑)たまらんですよ・・・で、ここでお留守番してる方に戻って・・・
墨:でこう、伏線を回収にちゃんとかかるってことですね。
耽:うん。
  
耽:で次の話、後日のこのエレノアの顔の表情とかもなかなか・・・。
墨:成長してますよねえ。
耽:話の冒頭が、ここから始めるのもねえ。・・・ああ、ここで、
墨:この方、モニカ姉様。
耽:これはやりすぎだと思ったねえ。
墨:これはやりすぎてるけど・・・、今までメガネのメイドさんから、子供、ガキンチョから、さらわれる前のエマとかですね、あらゆるのを描いてきて、とうとうですねえ、男装の麗人みたいなのを描いてしまったというですねえ。ええ、マリーネ・ディートリッヒかいっていう感じでこう(笑)ていうか入ってないか?
耽:入ってるよねえ。
墨:ちょっと、今までの面白さとは、面白いことは面白いんだけど、・・・
耽:ちょっと、土足で踏み込んできたような感じがあるよねえ。こう前振りも無くというか。・・・でもやっぱ61ページの下2コマとか、こういうさりげない所はいいんだけどさあ。
墨:でも、土足で踏み込んできたようなキャラクターに見せかけるからこそ・・・その割にはなんか、投げっぱなしの感じがするんですけどね。
耽:うん、ここでさあ、いきなり登場させていきなり乗り込ませる辺りが、なんか唐突って言うか・・・。
墨:うん・・・。
耽:まあ、読んでて面白いことは面白いんだけどね、勘違いしてこう雨の中を駆けていくと・・・
墨:で、24話が終わってそのまんま次に。
耽:だから、面白いんだけど、この話でいきなり出てきたキャラクターにここまで動かされてしまうと、なんだかなあというか・・・
墨:それはありますね。話の展開も、なんていうのかなあ、今までとはちょっと違っているという。
耽:うん、もっと、2話くらいかけて描いてもいいと思うんだけどね。いきなり、割と、描き急いでる感じがして・・・この辺りからちょっとノリが違ってきたのかなあっていう・・・
  
耽:でこうこの25話ですよ・・・。
墨:男装の麗人を活躍させたかったって・・・宝塚でも見に行ったんですかねえ、森先生。
耽:(笑)いやいやいやいやいや。まあでもここでハキムがあしらう辺りは、こういうところはやはり上手いんだけどね。
墨:過去のキャラを巧みに・・・
耽:(笑)で、「セイレーンが海から上がってきたのか?」「テムズ川を逆流して?」(笑)
墨:(笑)こういう風なね、洒落たやり取りの良さはね。
耽:洒落、会話の洒脱さはさあ、流石なんだけどさ・・・で、これか。横目で執事たちを見て、下がらせ・・・であとこの絨毯がねえ、こうハキムシスターズ大活躍とかさあ(笑)
墨:(笑)この80ページの絨毯ネタは、これが描きたかったと言うか、・・・要するに、今回は描きたかったのは、男装の麗人の屹立の図もそうだけど、これでしょ、このハキムシスターズすそ絞りの図が描きたかったんでしょ。
耽:まああと、ちょっと先になっちゃうけど、このショックで座り込む辺りとかも、描きたかったのかなあと。88ページの辺り。
墨:ああ、これね。
耽:まあそれはいいや、で、ストーリーの展開から言うと、エレノアが乗り込んできて・・・。この辺は、こう、割と、森さんにしちゃあ随分派手にやってますなあと言うか。・・・でも、それでこう、この5コマで決断するのは、早すぎる・・・。
墨:84ページね。でも一応、この話が『エマ』なんだから、エレノアとの話は、こう、
耽:余談なのだからかもしれないけど・・・
墨:そう、余談なんだから、これくらいで片付けていいんではないですか。
耽:いや、でも逆に、エマのことを本当に吹っ切るか否かの、その判断がまさにここに掛かってきてるわけで・・・。
墨:だから恋愛ストーリーとしてではなく、個々のシーンが積み重なってるということは、今までの我々の議論からすれば、
耽:勿論そうなんだけど、にしてもさあ、前は、例えばほら、ケリーさんが死んだときのエマの心情描写を、あれだけ丹念に濃やかに拾って、こう萌えさせておきながら、一番肝心のはずのさあ・・・
墨:うん、だから、そういうとこで普通の人は萌えないんだよ。
耽:(笑)そうなのか。
墨:だって、君は、自分の好きなやおい作品に萌えが無いとか言われてへこんでるという日記(注4)を書いていたけれども、それはだから、あなたの萌える所で萌える人はあんまりいないんですよ(笑)。
耽:(笑)そうなんですかねえ。・・・まあいいや、でも84ページはもうちょっと、もう1ページ描いて良かったと思うんだけどなあ。随分急に・・・
墨:で、話が?
耽:でもう、「結婚していただけませんか?」と・・・。
墨:86ページですね・・・。
耽:シーン的にはね、悪くない・・・特にこうエレノアの側から見ると、なかなかこう、いいシーンなんだけど・・・でこの(笑)88ページとかね。
墨:ええ、モニカお姉様・・・いや皆さん目が点ですね。
耽:あと、このコリンの(笑)、こういうとこでも笑いを取るのがね、面白い。
墨:逆に、ここでこれ入れるかって気も・・・。
耽:いやそこら辺がやっぱり、森薫先生の、ただのシリアスでは終わらせないところ・・・
墨:うーん・・・
耽:・・・でさあ、手袋をとかってやって、エレノアは舞い上がって、家族みんながこう動転してる中で、
墨・耽:「つまらんな」と、
耽:89ページのねえ。
墨:ハキムの台詞ですねえ。
耽:「もうここにいても面白い事はなさそうだ」・・・で(笑)91ページ。この辺で笑わせるあたりは、好きなんだけどね。こう・・・つん、ってつついてしゃがみこんじゃって。
墨:91ページのところでモニカお姉様がダウンして・・・
耽:・・・でまあ92ページは父、と・・・
墨:ただ、ここでこう、92ページで紙幅を使うんだったら、むしろ求婚の時の描写を長くした方が良かったかなあと。詰め込み過ぎの感が。
耽:そう確かに・・・まあ、次の Sequel は、お約束。
墨:まあおまけですから。
耽:この巻はあんまりSequelが無いなあ。ネタの選び方は悪くないけど・・・
  
墨:で、97ページ以降、
耽:急に話がエマ側に戻ってきて、ターシャが「おおおおおお」(笑)「落ちた」と。こう、ね、「肥料にするしかないわ」っていうのが、
墨:こうこの辺の台詞回しとかは、非常にこう、いいですね。
耽:(笑)「またターシャか・・・」こうね・・・こういう所にエマの不在を・・・という。
墨:エマをわざと登場させないで、こういう風にうまく・・・
耽:うまくやるんだよね。・・・これも酷いよね、「お給料がゼロになるかおヒマ出されるか どっちが早いかしらねー」で、「ターシャだっていないよりマシだわ」「よかったねー質より量のときに雇ってもらえて」(笑)
墨:こういうところはやっぱ、百闢Iな?
耽:ちょっと違うかな。いやでも、森薫が愛している百閧フノリはこういう感じかも。で、噂話をさせておいて・・・メイドさんが一杯描けて幸せね、っていう102ページの辺りね・・・。
墨:でこう、そろそろ、メイドさんも描きまくったから男性使用人を描くかっていう風に、105ページ辺りから。
耽:うん、だからこの、なんだっけ、あのもみ上げ野郎が実はちゃんと働き者だっていうことも、描くっていう・・・
墨:ここで話題になっている奴がその、もみ上げ男かどうかを思い出すのにこう、時間がかかるというか。名前がハンスだとあんまり覚えてないんだよね、もみ上げほどは。
耽:(笑)あとエマの話にもなって「地味だけどね」(笑)「劇場のポスターの中で笑ってるようなのが女だと思ってるんだろ?」
墨:108ページですね。こういう、話の本筋からいうとほとんど・・・
耽:うん、関係のない・・・
墨:そう、関係無いんですよね。だけどそれがいいんですよね。そういう所が本当に特徴で・・・。
耽:ディティールを描いてあると大体、まあ悪くはない評価にはなるとは思うんだけどね、でもメインの所は実は茫漠としてて面白いんだけど。
墨:だからメインが茫漠であって、関係の無いディティールとの繋がりが、全然見えないんだけれども・・・
耽:それがでも、全体としての、妙なリアリティを出しているっていう。・・・まあこの馬車の中のシーンは・・・。
墨:ウエストが?
耽:「ウエストが20インチだろうが40インチだろうがドロテアはドロテアだよ」っていう・・・これもなかなか・・・。
  
耽:で次の話は冒頭からこれだもんね。こーりゃやり過ぎでしょう(笑)
墨:やり過ぎですね(笑)。やり過ぎですね、はい。
耽:ついに描いてしまいました。
墨:描いてしまいました。・・・で、ここはコルセット話ですね。コルセットのなんやかんやになる前の1ページヌード、後ろヌードですけど、こう腰の辺りに微妙なしわのラインが見える辺りがですねえ・・・(笑)
耽:(笑)実は肉が。や、でも、それじゃなきゃこの胸と尻の豊満さは出ないから。
墨:うーん。・・・まあ、コルセットっていいねえ、というお話ですから。
耽:後ろ向きのときは普通に受け答えをするんだけど、正面を向かれるとこう顔を赤らめたりとか(笑)。
墨:うん、このエマの表情がね、116ページのですね。完全にドロテアに食われてますよね(笑)
耽:いやあ、さすがマリア・カラスをモデルにしただけのことはある(笑)ねえ、「ロンドンですもの、イギリス流よ」っていう・・・こう、たまにしか出てこないからこそキャラが立ってるっていう、本作の特徴を。
墨:本作の特徴ですね、だからもうエマは狂言回し役のようになってしまっている所が。
耽:で、もう、
墨:で、もう、
耽・墨:118ページは、・・・(笑)
耽:はあ・・・(笑)まあいいでしょう。
墨:森薫マンセー(笑)
耽:その後の夫婦のやり取りもね。あとエマがそれに当てられたりとか・・・こういう所はうまい。で、次でトロロープ、ああ、ここでまた偶然出会うわけですな。もうこれはいいや。
墨:偶然出会うというこの陳腐な技法を全くもう、構わないと言うという風な、押し切り方が良いですねえ。
耽:このミセス・トロロープとマーサのそれぞれの格好が、結構気合が入ってて好きなんだけど。
墨:(笑)・・・そうですねえ、これはね。
耽:特にこのマーサやり過ぎだろう(笑)・・・良いのかな、って。上手いなあ、とは思うんだけどねえ、「口さがない連中が・・・」とか。こう婆さんは、本当たまにしか出てこないからキャラが立ってるよねえ。
墨:立ってるよねえ(笑)。
耽:・・・でここはお墓参り・・・
墨:やっぱりこういう所が真骨頂?
耽:うーん、真骨頂と言う程に際立ってはないけどでもやっぱりここで、きっちりページ数を割いて・・・でも、この135ページの台詞はちょっと、過剰かなって言う気はしたけどね。まあそんなに分かりやすくしなくても、とは思うけど。・・・それよりはこの、137ページ。「なんだまたしょっぺえ花持ってきたな」とか・・・ここで持ってこれるのが「しょっぺえ花」ってあたりがこう色んな点で面白いんだけどね。
  
墨:で、
耽:で、「再会」ですよ。
墨:・・・まあ(笑)、この回はまだコルセットブームがこう・・・。
耽:そうそうそう、こういきなり脱がしてる(笑)、無理やりこう。あと衣装屋も。こういう所の笑いはね。
墨:こういう所はね、うん。
耽:まあ上手いよね。マーサ大活躍だし。
墨:もう、もう、やりたい放題、このマーサの表情とか、ようやるなあと。146ページですねえ。
耽:「そんなんじゃ締まるものも締まらんですよ」・・・「腕上げて前向いて 息を吐く! フン!!」(笑)そんで、「ビシ」・・・この一連のマーサの顔がさあ、さっきの・・・
墨:しょっぱいマーサというか。
耽:そう、129ページの辺りと比べると。こういう所が上手いよねえ・・・。で、まああれか。
墨:大変身ですねえ。リアル着せ替え物語。
耽:うん・・・で中身の話。これも前言った伏線が効いているんだとは思うんだけど。で、152ページで、眼鏡を外したエマがコケると。
墨:そこで意外と正しいオタク文化に則ってる所が・・・。
耽:まあこれももうどっちかっていうと、こけたスカートの中身が描きたかったんだろうからね。
墨:うん、見せたいものは明らかで。
耽:でもやっぱりさあ、153ページで、エマが回りがよく見えないのに対して「それで十分よ 個人ではなく集団として認識することが大切」(笑)・・・
墨:(笑)こういうところはねえ。
耽:ここでねえ、こういう台詞はなかなか書けないと思うんだけどなあ。でエマのパーティー登場シーンがこれか。敢えて引いて描いている辺りがやっぱりいいセンスしてるよねえ。アップを右で満足させておいて、左は全体、むしろ大きく引きを取って描くと。
墨:ちょっと映画っぽい感じですよねえ。
耽:・・・で、まあ次の友人達の台詞、この辺り上流階級らしいスノッブさが出てるよね。却って台詞で言わせていることがリアルだと思うし。159ページの辺りで、爵位か財産かと。
墨:でまあそれはいいんですが、
耽:が、
墨:が、ががががーん、と。
耽:160ページでエマのことに気付くわけですが・・・うーん、ちょっとなあ・・・。
墨:で、次の話が「名編」なんですけど。うーん・・・
耽:うーん・・・まあ悪くはないけど・・・悪くはないんだけど・・・醒めるよねえ。
墨:うん、そうそう。
耽:まあ、ここで全く察していないエレノアとかがね、いい味出してはいるんだけど。でエマが倒れると・・・気絶してくれるんですよねちゃんと。
墨:それにしても、我々の話題に上っているのって、明らかにエレノアの方が多くないですか、なんか。
耽:(笑)いやだって、僕の好み的に、描き込みがある方が好きだから、どうしても入れ込みが出来てしまうんだよね。すごくいい描き方してるんだもん。いや恋愛譚だったら絶対エレノアの方がちゃんと・・・この作品の味とかを全く抜きにしてただ恋愛譚という点だけ見たら、一番描き込まれてるのはエレノアのことであって・・・。
墨:でこう「戀物語」のアニメが出て、本当に主人公がエレノアに変わってたら大笑いだよなあ(笑)
耽:(爆笑)。
墨:神だよね、いろんな意味で。
耽:それ本当にさあ、TBSが爆弾送りつけられるから止めときましょう。
墨:(笑)
  
耽:・・・でね、ここら辺からミセス・トロロープ、オーレリア大活躍ですよ。
墨:まあ、ミセス・トロロープの、ここからの活躍っていうのは、いいのかなあ。
耽:これは僕はいいと思うけどなあ、母親でもあるし。あと、いわゆる世間からは外れているからこそ、うまく出来るっていう。まあもの凄くご都合という風に取っても良いかも知れないけど、これは・・・
墨:いやあご都合であることが、むしろ有意義なんですよ。
耽:そうそう、それでいいと思うけどね・・・168ページの見てるところとかさ・・・あと、いいじゃないですか、170ページで夫に手を振るときの、こう、衒い・・・なんか居心地の悪さと言うかさあ。来ちゃった、っていう。・・・で、こう引っ張っていって・・・ここでエマが正気に返るわけか。
墨:そうですねえ。・・・この辺りはでもまあ。
耽:・・・ちょっとなあ、っては思うけど。で、
墨:で、174ページで、たんびさんお気に入りの(笑)エレノアたん登場ですよ。
耽:(笑)エレノアねえ・・・いやあだって・・・こんなセリフなかなか描けないよ? 「結婚したらおうちに帰らなくてもよくなるんれすのよ それはすてきらわ」ってこう。
墨:酔っ払い口調でこう。
耽:・・・もう幸せの絶頂なんですよ・・・でそれをこう見送った瞬間に(笑)ダッシュで・・・うーん・・・
墨:うーん・・・
耽:176ページから、この178ページで部屋に入るまでさあ、わざと室内を描かないんだよね。こう手しか描かなかったり、落ちるものしか描かなかったりとか、こういう間の取り方がね。であとこの、人が来るから部屋に入って、通り過ぎるまでわざとこう、2コマおいて、めくって、しかもさらにまた3コマおく。でようやくエマが登場する、っていう・・・ここでこれだけ引けるってねえ、良いじゃないですか。逆にここでエマのいる部屋に入ってもやはり廊下が気になってしまうっていう、そこのリアルさもなかなかねえ・・・でもまあ・・・「名編」か?
墨:「感動」の再会ですが、
耽:「感動」の「再会」かあっていう感じ。
墨:そうだねえ、ちょっと・・・
耽:「名編」か、って言うと・・・台詞も碌に無く、ただ抱き合ってキスしてっていう・・・うーん、まあ、オーソドックスだからいいのかなあ。
墨:だから結局、メインはこうなってしまわざるを得ない、この作品の場合は得ないわけでしょう。
耽:得ないから・・・確かに185ページの左上のコマとかね、この色気とかはなかなか、まあいいじゃないですか、こう・・・キスに陶然となっているわけですよ。で、あとはやっぱり、この、186ページの・・・。
墨:締めの台詞ですよねえ。
耽:そう、オーレリアは良いよ。「こういう事にだけはカンがいいの」とかね。
墨:うーん、「大丈夫 夜も意外と長いのよ」ね。
耽:こう3巻の後ろの方から、オーレリアの独特の放埓さとかを描いてきたのを、ここでうまく使っているというか。うーん、うまいねえ・・・。
  
墨:でまあ『あとがきちゃんちゃらマンガ』は、いやあ良いですねえ(笑)。
耽:もう、「自転車で全力疾走しているようなマンガ」(笑)動力は人力ですか。
墨:もうね、誰が見ても明らかだから「いつにも増して重症なわけですが」とも。
耽:うん、コルセットとか、あとこれか、バニーガールとか・・・
墨:県警カラーガード隊も(笑)
耽:「ママはある意味エレノア以上の少女です」とか、そしてモニカお姉様(笑)
墨:これですね(笑)ですが・・・
耽:次が例のこれ(次巻の煽り)だもんなあ、この世界観に酔ってるだけって言うか。
墨:いきなり24年前に戻るっていうのもなあ。
耽:もう露骨な引き伸ばしで・・・。
墨:でも奥付はいいですね、相変わらず。
耽:うん、今度はこの、ミセス・トロロープの植物園か。人物を消して・・・いいですなあ。
墨:うーん・・・。
  
墨:で、結局、どうまとめますか、とりあえず現段階では。
耽:いやあこう、後半になればなるほど説明過多とか感情の過剰、過度に分かりやすくとかさあ、こう、だんだんだんだん、世間的な分かりやすさに近づいてきてるような感じはしてるんだよね。多分、それは、その方が楽だから、っていうのも無いわけじゃないと思うんだ、この人の中では。編集が言ってるとかっていうのではなくて、そこまで露骨にやってるわけでもないから。こう、森薫も疲れてきたんだよきっと(笑)。
墨:乱暴だなあそのまとめは(笑)。確かに予定よりも話が長くはなっているようだけど・・・。
耽:うん、どんどん・・・
墨:もっと短くまとめるはずだったって言うような話も聞いたけど。
耽:3巻くらいで終わるつもりだったって言ってたでしょ、始めの構想だと・・・。
(以下『シャーリー』評論及び小括へ続く)

注1:「墨耽キ譚」第1回における墨東公安委員会の発言を参照。
「『ヴィクトリア朝の宝部屋』というピーター・コンラッドの本がありますが、そこの冒頭でですね、ヘンリー・ジェイムズがジョージ・エリオットの『ミドルマーチ』を評した言葉だそうですが、「細部の宝庫ではあるが、しかし、それは無頓着な全体である」という、これはヴィクトリア朝の芸術を評した言葉なのですが、ヴィクトリア朝を描いた漫画までそうなっているところのが面白いなあと。」

注2:『パンチ』とは1841年に創刊された絵入の諷刺雑誌で、ヴィクトリア朝の英国を代表する雑誌。
この雑誌での使用人ネタ漫画がいかなるものであったかご関心のある方は、是非とも当サークル発行の同人誌『英国絵入諷刺雑誌『パンチ』メイドさん的画像コレクション 1891〜1900』をお求め下さい。『エマ』と同時代のメイドさんネタ漫画が多数収録されております。(←宣伝)

注3:注1参照。

注4:たんび氏のサイト「Ethos」中、2004年1月8日の日記を参照。

某巨大掲示板において私の好きなやおい作家さんについて
「萌えがない」「一般読者には受け入れられやすい」との評価がなされているのを見て考え込むことしばし。
9年もやおい読んできてるのに、いまだにやおいの萌えが分からないのはどう言う事だと。
少年漫画読んでもやおい萌えしないし、パロにも興味がないのはなにゆえかと。


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