墨耽キ譚
〜森薫『エマ』『シャーリー』を巡る対談〜


第5回
『シャーリー』について及び小括

(承前)
耽:でもさあ、ずっとひたすら『エマ』の話を先にしたけど、実は我々の結論はさあ。
墨:まあもう決まってるんだよなあ実は。ていうか、ここまで言ってきて、
耽:なんだけど、
墨:結局、今までを通して、我々は今1ページ1ページ『エマ』を手許に置いてめくりながら、1コマ1コマを見て「これは素晴らしい」「素晴らしい」という所はいっぱいあった訳なんですが、通してストーリーというと、話は別に・・・
耽:別にそれは、なんでもないという・・・
墨:うん。
耽:あくまでこれはその、ネタとネタを繋ぎ合わせるためのこう、つなぎですよ、小麦粉ね。
墨:小麦粉と、そう、そば粉と小麦粉みたいなもんですよね。
耽:つなぎはね。
墨:そうそう・・・だから、となると、そういう理屈に立って、見て楽しめるというのは、
耽:実は、
墨・耽:『シャーリー』
墨:ではないかと。
耽:こっちは本当にもうストーリーもへったくれもない、ただこう萌えだけを詰め込んで、っていうもので。
墨:だからそっちの方が、
耽:結果的に面白いっていう。作者も楽しんで描いてるし、読者も楽しんで読める。
墨:1ページ1ページじっくりとこうね・・・
耽:そう・・・十割そばですから。
墨:そうそう、『シャーリー』はだから、ネタというそば粉を十割で作ってあって、でなんですかね、『エマ』は、だんだん混ぜ物の小麦粉が増えてってるんですか(笑)?
耽:そうそうそう、だんだん小麦粉とかあと塩とか、こう、分かりやすいものが・・・
墨:となるともうアニメは、小麦粉に着色料ですか、下手すると(笑)。アニメが失敗するとしたら、そのようにネタの味わいが薄まってしまうということなんでしょうね。
耽:まあアニメはそばじゃなくなるんでしょうね。
墨:うどんになるのか(笑)
耽:うどんになるんでしょう(笑)あれ、そばじゃなかったっけ? おかしいなあ、っていう・・・いやあだって、本当にこの漫画は、さっき言った主人公交代(注1)っていうのは冗談としてさておいて、基本的に、恋愛感情が描かれるのはエレノアばっかりでさあ(笑)、肝心のエマとウィリアムの関係はこう、出会って、もう次デートして、口づけまでしたらいきなり別れてっていう・・・。
墨:うん。
耽:でまあそれでいいんだよ。『エマ』はそういう物なんだから。でも、これを「ラブストーリー」(笑)と言われると、「?」っていう気はせんでもない。いい話だけれどね。でもだから、そういう点でストーリーとして評価しろと言われたらちょっと違うでしょうと。これはもうネタの詰め合わせであって。
墨:そのネタをどう解釈するか、どう受け取るかという許容範囲が広いことによって、比較的幅広い読者に受け入れられるという、それが成功の原因である、という風に我々としてはまとめている訳でして、そうなると結論としては、『エマ』はなかなか良いけれども、
耽:まあ悪くないけれども、
墨:『シャーリー』は、
墨・耽:素晴らしい漫画である。
墨:(笑)ハモったな。
耽:(笑)いやあ、だって、描きたい萌えとギャグをねえ、こうちゃんとちっちゃいコマから描き込んで。
墨:だからといって、『シャーリー』の元の同人誌が古本屋で12600円するのはどうかと思うぞ(注2)、とかいうことは置いといてですねえ。
耽:(笑)
墨:だってほら、単行本化された『シャーリー』の情報内容自体は同人版と比較してほとんど変わってないでしょう、単行本の法が版型小さくなってるけど。『シャーリー』はそういう単行本が現在市販されてるのに、そんな値段をつけるとはなかなか。
耽:いやほら原典主義者はいるだろうから。
墨:そんなにいるのかなあ。
  
耽:『シャーリー』だけど、なかなか、主人公のね、この姐さん(ベネットさん)の描写もなかなか、会話シーンも洒脱だしねえ。(注3)
墨:でもそういえば確か、今迄あんまり喋ってないんだけれど、この漫画を語る場合は、背景にある小物とかのこだわりをもうちょっとこう、注目してみる人もいるのかもしれないね。ヴィクトリア朝の世界観を楽しむというか、ストーリーではなくて、我々のような微分的なコマごとに着目するような鑑賞姿勢をより突き詰めればさ。
耽:うん、でもこの頃はまだ、森さんの興味が、そこまで向かずに、まだこのメイドそのものとかの方に・・・
墨:いや・・・うーん・・・
耽:『エマ』の方がもっと割と、ディティールなり細部なりにこだわっているけれど、こっちはもっと・・・
墨:それはまあ、年代の違いによって・・・
耽:うんだから、この頃はまだ、キャラとかが重視だったのかなあと。
墨:でもキャラ重視からキャラ退化して商業出版を迎えたというのはなんか・・・
耽:・・・いやごめん、違う、キャラ重視じゃないんだ。さっきから言ってるキャラに与えられている役割が非常に明確なんだよ。
墨:うんうんうんうん。
耽:あんまり言うとファンに刺されそうだけど、別に主人公の人格はシャーリーじゃなくてもいいんだけど、シャーリーというキャラを通じて描きたいものが余りにも明確であって。
墨:それなら「メアリ・バンクス」萌えでしょう。
耽:そうですが、一応『シャーリー』単行本の順番に話していきましょう。シャーリーを雇うところの会話シーンもねえ、この頃は本当に上手いんだよねえ。・・・ほら、14ページの、「こちらだけ年齢制限が無かったんです」とかさ。・・・
墨:確かに、『シャーリー』なんかに見られる、コマごとのあいだの空間というか間(ま)というか、そういうのは、『エマ』でだんだん減ってきたような感はありますね。
耽:うん、・・・描きたいものを描きたいように繋げる、繋げ方も上手かったんだよね、いや今でも上手いんだけどさ。いいんですよ、こうシャーリーがコルセットをつけてさ、胸のところの空間に絶句する辺り、53ページとかさ(笑)。いや、いい勘してるなあっていう・・・
墨:考えてみれば、描きたいモチーフ自体は変わってないのかな。
耽:うん、そんなにね。ネタ自体はチープじゃん、例えば、シャーリーがブロンドに憧れるところで、ベネットは「黒髪(ブルネット)っていいわよねー」って言って、お互いに。・・・中身が無いからこそ面白い、ネタはネタだからね。・・・まあでも、「シャーリー」はこの辺で切って正解だったかなという感じはするけどなあ。あんまり、続けて描いていって、キャラとかに色が付いてくるとちょっと困るんだろうから、ネタに従属させられなくなってしまって。
  
耽:「僕とネリーとある日の午後」は、僕はあんまり面白いと思わなかったんだけどなあ。
墨:だから、「メアリ・バンクス」なんだって(笑)
耽:いやいや、順番が。「メアリ・バンクス」は最高傑作ですよ、そりゃ。
墨:じゃあ、もう「僕とネリー」はスルーしちゃえよ。
耽:スルーして・・・「メアリ・バンクス」は、もう(笑)
墨:もう(笑)
耽:この、爺さんが(笑)いいよねえ。
墨:いいよねえ、もう。
耽:百闢りまくりだもんね。
墨:ハンニバルだと本人は言ってましたけどね。
耽:いい年こいたおっさんがこう、コインを「ビシ」と飛ばして、「ちっ 失敗したか」・・・この162ページの辺りとかさ。
墨:偏屈爺だなあ。
耽:・・・個人的にはこの164ページの下の、このメイドさんの顔とかが大好きなんだけど(笑)「おヒマを頂きたいのですが」・・・カエル、「なぜだ・・・」・・・このすっとぼけぶりがね(笑)・・・あとは、なんと言っても169ページからの、この一連のベランダでの、一幕だよね。さりげなく毛布をかけると起きていた爺さんが、「私は100歳になるまで死なん事にしている」「そんなに生きるおつもりですか」(笑)・・・やっぱりこの人の食いっぷりがね、「という事は私も一生メイドですか」「さもありなん」・・・この辺のやり取りだよね。
墨:でまあ、その先も・・・
耽:(笑)こう、漫画として見ると本当はどうなのかと思う展開だけど、ここで175ページの「このウソつき!!」が生きてるよね。・・・であと177ページからの地球儀のところの辺りとか、地球儀の中に感謝の手紙があるというのはまあベタネタだけどまあ、
墨:ここまでああ来たからこそ、ベタネタが生きるというわけで。
耽:まあね。・・・でもそれよりはもう、この187ページだよね。この汗や、次のページの「なぜか・・・・・・?」「ええ なぜか」これはね(笑)、この斜の入れ方がたまらないよね。「類は友・・・」「また“くそじじい”のお世話をしろとおっしゃるの」ていう。で、この、終わり方もなかなか。・・・さっきのベランダのエピソードと、終わりまでの一連の流れが、こう、描きたいところだけ繋げてみました、というのが、それ故に良いというか。
墨:(同人誌と見比べながら)「メアリ・バンクス」の同人誌には、シャーリーとネリーの抱き枕用イラストが載ってますね。(注4)今となっては、同人時代の頃売ってたこの、抱き枕用シーツも、プレミアものなんでしょうかねえ。
耽:抱き枕!?
墨:等身大みたいなサイズで出てたと思いますけど、昔。
耽:あの、同人で売ってたの?
墨:同人で絵を印刷したシーツ作るわけ。あと抱き枕への加工はどうぞ御自分でというやつ。
耽:はーん。とんでもないプレミアでしょうねえ。
墨:でしょうねえ。というか、市場に出回らないだろうな。
耽:出回らないだろうな。
  
耽:で、このあとがきが、最高ですよ(笑)この自嘲的センス、
墨:「ぐるっぽー」ですか(笑)
耽:「ぐるっぽー」、「未熟でバッキバキ」だよ・・・この「まくら」も。
墨:「まくら」ね(笑)
耽:「変なスイッチが入る」おでこにスイッチ描くか(笑)っていう・・・「このスカートのひるがえりが犯罪的」とかさ。あとは「メアリ・バンクス」のコメント、「テラスでの会話シーンとラストの一連がかきたくてかいたものですが それ以外は散々たるものです」・・・
墨:それでいいんだよ。
耽:それでいいんだよ、うん。
墨・耽:それがいいんだよ。
墨:十割そばの旨みですか。
耽:そうそうそう、こう、ダマがあってもいいんだよ、十割なんだよ。
墨:(笑)そば湯で二回楽しめます、という感じだな。
耽:そう、いいじゃないかこう、口の中にそばの香りが広がるんだよ、過剰に。
墨:過剰に(笑)
耽:粉っぽくてもそばなんだよ。いいじゃないか口当たりなんて。そばの旨みが味わえれば。
墨:そばがき状態ですな。
耽:(笑)『シャーリー』そばがき論ですか。
  
耽:こんな感じですかねえ。
墨:こんな感じですか、あ、でも結局我々の評論自体も、細部ばっかやってて全然全体のことをやってなかったような気もするんですけどね。
耽:いやだって、全体が碌に無いんだからこう。
墨:無いか。
耽:だから、これをアニメ化する時に一体どうやって料理するのか、というのがねえ。
墨:一話につき一つの見せ場ネタを持ってきて、それでまとめるという方法になるんでしょうかね。それで、アニメの話の全体を通してストーリーが進もうが進ままいが構わない、・・・というのではないんだろうなあ。
耽:『マリア様がみてる』の小説みたいになるのか。まあ、アニメの方は見てないからなんとも言えないけどさ。
墨:5巻で完結するわけじゃないでしょ、『エマ』は。となると、
耽:うん、だからエピソードを続けるだけ続けて、最後終わり。
墨:終わり、そうするしかないんじゃないかな。だからあの、たんびさんが前に『エマ』のアニメ化の話について、どっちに転んでも失敗するんじゃないか、という話をしなかったっけ。
耽:だからその、アニメとなるとキャラもストーリーもより具体的な像を以って迫ってくるから、漫画みたいに、さっきから言ってるような、曇りガラスの向こうに置いておくようなことが出来なくなるわけですよ。そこでもしストーリーを持ち込もうとしたところで、各人が漫画の行間に見ているものが違うから、コアなファンになればなる程、忠実にやらないという不満や齟齬から、アンチが出やすいと思う。みんな過剰な勝手な期待をするからすごく不満が出てくると思うんだよね。まあ、逆にもしそのままやったらやったで、芸がないっていう人がいるだろうし。かといって何らかの方向に味をつけると、そんなのはなんか違う、原作を勝手に歪めてるとかって話になるだろうから。つまり各人が原作の背後に、各人の理想のものを見ているから、それに対してどんな像が提示されても、たまたまそれがその自分の好みと一致するごく少数の幸運な人たちだけは賞揚するだろうけど、それ以外の大多数にとっては、それは違う、という風に言われることになって、結局失敗すると思うよ、原作通りやるのは無理があるもん、これ。
墨:無理があるって? 恋物語じゃないと?
耽:いや、そうじゃなくて、紙のペースをそのまま単純に映像化しても、それはそれで場が持たないしね。動かさなきゃいけないから。
墨:あの間を、映像だけで持たそうとしたら、大変な工夫をしてクオリティ高くしないと、出来ないですよね。
耽:そう、難しい・・・もうSEから何から相当気を使って、というか、音に頼るしかなくなると思う、僕は。あの雰囲気を出そうとすると。
墨:うーん。
耽:今は漫画だから、コマとコマの間の動きすらさ、読み手が自ら補っている訳じゃない、でもアニメでそれをやるのは無理だよ。アニメの作り手がどう動かしても、その動かし方からして違う、という風になっちゃうと思うからね・・・だから、一番紙から想像しにくいのは、音の要素なわけだから、アニメに成功する可能性、余地があるとすれば、相当音に気を使って、音でそういう間を表現することが出来れば、割と上手くいく、原作に近い間とか雰囲気は出せるんじゃないかな、とは思うけどね。・・・それも相当クオリティないと難しいと思うから、普通のアニメの作り方でやったら、そんなのは『エマ』じゃない、みたいな大論争が起きて、ひたすら叩かれるだけだと思う。それは良し悪しとかじゃなくて、宿命的に。
墨:構造的な問題ですね。
耽:そうそう、もう内在的な問題として、叩かれると思う。これはだから、アニメ化すべきじゃないと思うんだけどなあ。
墨:人気はあるからね。
耽:人気あるから、したいのは分かるけどね。・・・無茶ですよ。墨東さんどう思うの? これアニメ化して。
墨:見ることは見るだろうな。まあ、見るというか、観察するというか、ヲチはしなきゃいかんでしょう。
耽:(笑)そういうことね。定点観測するのね。
墨:正直なところ、僕は最近、メイド喫茶が流行りまくるようになってから、メイド業界? に対して一歩引いてヲチするような見方になっちゃっているような気がしますね。
耽:まあね、すごい、馴れ合いが進んでるからねえ。
墨:『エマ』は、そういう風なタイプではないと思う。いやでも、メイドスキーでね、『エマ』批判してる人って多分居ないと思うけど。
耽:だからさっきから言ってる通り、自分の考えるメイド像というかメイドとの関係というかさ、そういったものを全く拒まないで受け入れてくれる漫画だからさ。
墨:うん、まさにその、オタクが妄想しているメイドさんのような漫画ですな(笑)
耽:抽象的なんですよ、コアが。でも、全く自我がない、ただの隷属するメイドにはなってないんだよね。やっぱりこう、知識も教養もあって。
墨:ああ、いや、そういうキャラクター的な意味で『エマ』をオタクの妄想みたいだと言ったのではなくて、メイドさんというのは、オタクにとって欲望を受け入れられてくれるような存在なわけでしょ。この『エマ』という漫画自体がオタクに対して果たしている役割が、そういうことだと言ってるわけ。
耽:なるほどね。あとは繰り返し言ってるように、行間を読ませたりとか、さりげない描写が上手かったりだとか、
墨:本来、行間を読ませるとか描写が面白いということは、オタク受けする性質とは必ずしも一致しないはずなんだけどな。
耽:一致しないんだけど、そういうところが一般読者を惹き付けている要素だと思う。
墨:ということは、ストーリーの無さというところが、特徴であり、それがかえって幅の広さを持たせている、ということなんでしょうかね。
耽:だからどんな人に読ませても、楽しめるんだよね。
墨:どんな人もそれなりに面白いでしょうね。
耽:そう、非常にそういう点ではよく出来ているけれども、突き詰めると何なのか、っていう。
墨:・・・突き詰めちゃ駄目なんでしょ。
耽:そう、勿論駄目なんだけど、敢えて突き詰めると何なのか、というのが。
墨:要約不能なんだよね。
耽:そうそうそう、さっき墨東さんが言ってた、単語の羅列になるんだよね、「何とかの情景」「何とかする誰それ」とかさ。(注5)
墨:もっと極端に言えば、「コルセット」とかさ、「ペティコート」とか、それで終わりでしょ。
耽:「象」とかね。「眼鏡」とか、「エレノア」とか(笑)。
墨:「インド」とかね、そんなんで終わりなんですよね。
耽:・・・うーん、だから萌える人たちは、素に萌えてるわけではなくて、絶対にその、スクリーンとして萌えてるんだと思う。
墨:うん、だから、歴史的に非常に正確に描かれているから、いや、個々の具体的なものの描写はすごく正確だと思うんだけど、何といいますかね、こうなんか、森薫版「英國」という偏ったところがあるように思われますが、まあそれは森さんに限ったことではないし、置いておいて話を戻すと、普通のオタクの妄想しているタイプのメイド物と比べて『エマ』は非常に歴史的に正確であるということで評価されているにも拘らず、これが多くの人たちに受け入れられているのは、あの、メイドの出てくる18禁ゲームの積み重ねの上というような時代の状況があるだからだよね。そういう関係にあるんだよね、きっと。
耽:うん、いわゆる今のオタクたちがこれを受け入れているのはそうだと思う。本質的に彼らに受けない筈だよ、こういう漫画。
墨:だよね。それがオタクに受けるのは、彼らが妄想しているのは、単純にそのメイドさんを押し倒してとかそういう話ではなくて、となると主従関係とかかなあ、・・・でも主従関係でも、森さんは主従関係について描きたいというような話をしてるけど(注6)、正直なところ、今までの『エマ』のストーリーからそれを読み取るのはちょっと難しいし、というのも、ジョーンズ家のお父さん以外は、あまりそういうことが行動の中心として押し出されているようでもない。ミセス・トロロープなんか、そういう風な関係の外にある存在みたいだよね。
耽:まあでも、本当に主従関係にすると果たしてそれが恋愛譚になるのかという問題もあるからね。
墨:古典的にはなる筈なんですが。
耽:でもなんか、今の文脈はそうでもないでしょう。だからある意味で、出るべくして出て受けるべくして受けてる漫画だけど、これは今、21世紀になった状況で出されたから、ここまでの支持を勝ち得たわけで・・・、基本的にやっぱ地味だしね、ノリが。さっきから言ってるけど。描写もストイックだし。
墨:そうそう、考えてみると、いわゆるメイドオタクに受ける要素が実はあんまり無いんだよね・・・
耽:だからね、こう、「『エマ』っていいよね」っていうとみんな同意するけど、どこがいいのか語りだしたら大紛糾すると思うよ。
墨:ストーリーの芯、軸がないから、曖昧模糊としていて、お互いの評価のポイントが曖昧であるということにお互い気が付かないまま、共存してしまっているという。
耽:そう、コンセンサスを得られてしまっている、奇跡的にいいバランスの上に立ってる作品で、まあ面白い現象だとは思うけどね。でもまあ、売れるというのはそういうことなんじゃないの。エヴァンゲリオンが受けた時だってさ、どこに受けてたのかという話になると、全然それぞれみんな違ってくるわけだけど、そういういろんな要素を受け入れられるだけのものが、プラットフォームとして用意できているから、みんなそこに乗っかれるわけで。
墨:ただ、エヴァンゲリオンの場合は、そのストーリーであるとかそういったものが、その当時、90年代の何らかの文脈を強く背負っているというのがあるようだけど、そういったものは無いでしょう、『エマ』には。
耽:21世紀的な、・・・2000年代的な文脈を何か背負っているとは、・・・
墨:まあエヴァンゲリオン私見てませんから(笑)、おそらくまあ、聞きかじり学問から推測するにですよ、やっぱそれは違うんじゃないかなという気がしますね。あの、エヴァンゲリオンって、見た人を論争せしめる力があったと思うけど、『エマ』には多分無いじゃないかと。我々が今やってることはかなり変なことやってるという意識はあるんですけど。
耽:これはあくまで「キ譚」ですから。
墨:「キ譚」ですからね、キ印の。・・・クリスマスイブだというのに、男二人で(笑)
耽:(笑)男二人で、いいじゃないですか、地味地味と(笑)
墨:地味地味と、語り明かして三時間。(注7)・・・阿呆だな(笑)
耽:いやいやいやいや(笑)
  
耽:まあ、テキトーに纏まったところで。
墨:纏まったところで、で、小括としては何ですか、『エマ』は素晴らしい、『シャーリー』はもっと素晴らしい、『メアリ・バンクス』は・・・(笑)
耽:『メアリ・バンクス』最高、アニメはどうよ。
墨:で、「細部の宝庫ではあるが、しかし、それは無頓着な全体である」という感じで。
耽:そうですね。まあその、ナンバーワンよりもオンリーワンだとかさ、愛していればいいだとかさ、各人がこう極小化していくという文脈(注8)からすると、もしかしたら時代の文脈に合致しているのかもしれないね。あまり僕はこっちに持っていくのは陳腐というかこじつけというか、ありきたりで嫌なんだけど。
墨:それについては、別の論をまたの機会にやりましょう。続きも出るし。
耽:こう、なんか萌えを追求していいんだ、好きなことをやってもいいんだ、というのに支持が得られる状況というのは、もしかしたら、大きなコンテクストとしては、あるのかもしれないけど。でも、それを言い出したらきりがないとも思うからなあ、それは別に『エマ』だけに限ったことでは、この本に特徴的に出て来てることだとは思わないし。
墨:で、じゃ、『エマ』からどういう風にこう、この後こう発達して、行くんでしょうね。
耽:どうなるんだろうね、分かんないねえ。まあ、とりあえずアニメを・・・
墨:アニメを見て、また第二弾やりますか。
耽:見ますかねえ、まあ。
墨:見て、もう一巻出たのを読んで。
耽:まあ、アニメはかなりの確率で失敗すると思っています、ということを、こう、2004年の12月24日現在のコメントとして残しておきましょう。
墨:残しておきましょう。
耽:成功する可能性は音だと、音で間がうまく表現できるかどうかにかかっていると思う、まあ僕は技術が無いから分からないけど。
墨:ただし成功の基準は何を持ってくるかなんだよね。
耽:まあ分からないけどね、それは。どうせDVDは売れるだろうし、視聴率も取るだろうし。
墨:『これが私の御主人様』でも買ってみますか。
耽:(爆笑)
  
耽:こう、ぐるぐるしてしまいましたが。
墨:いや、いいんですよ、「キ譚」だから。
耽:(笑)
墨:じゃあ、とりあえず、こんなところで。
耽:一旦片付けましょう、お疲れ様でした。
墨:お疲れ様でした。
(以下『エマ』第5巻評論へ続く)

注1:「墨耽キ譚」第4回参照。

注2:当時の渋谷まんだらけにおける同人誌『Shirley Medison ―First Time―』の価格設定。ちなみに『僕とネリーとある日の午後』『Mary Banks』は各8400円。

注3無意識のうちにシャーリーを主人公扱いしてませんでした(笑)・・・たんび氏談

注4:ここに描かれているネリーの絵は、眼鏡や髪型など、どことなくエマを髣髴とさせる。デザイン上のつながりがあるのだろうか?

注5:「墨耽キ譚」第1回における墨東公安委員会の発言参照。
「『エマ』の一話一話をですね、『シャーリー』もそうかもしれませんが、要約しようとするなら、「何々がどうした」という主語―述語の文じゃなくて、名詞並べた方がいいわけですよね。」

注6:日本出版社から出版されたムック『メイド本』の104ページ参照。「墨耽キ譚」第1回でも触れている。

注7:「墨耽キ譚」として形になった対談の実際の収録時間は140分程度であるが、対談開始までの仕込み時間を含むと3時間以上を要している。

注8:『世●の●心で、愛を●けぶ』だとか、『D●●p L●v●』だとか、『い●、会いに●きます』だとか・・・


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